一里塚

 正月は冥土の旅への一里塚。目出度くもあり、目出度くもなし。

 よく目にし、耳にする一節だが、まったくもって当然のことである。齢を重ねると目出度くないほうの気持ちが強くなってくる。あらたなる時間への期待よりも、減ってしまった時間を惜しむ気持ちのほうが強くなる。人生の残り時間がまた一年減ってしまった。残りが少なくなってくるほど、減ってしまった一年の重みが増してくる。

 毎年毎年、一年ずつ減っていくのに、いつになっても同じだけ残っているような思ってしまうのは、それはごまかしであり錯覚、願望であろう。残り時間が減っていくのを認めたくないという悪あがきである。(2011/12/条)

 山田風太郎は、晩ご飯を食べられるのもあと千日、すなわち約三年と考えて、『あと千回の晩餐』を著した。的確な物の見方だろ。そして、この千回を大切にしていこう、となれば良いのだが、なかなかそうはならない。ついつい雑に過ごしてしまうことも少なくない。

 これからは刹那刹那を大切にし、先送りはなるべく少なくし、思いついたらすぐ実行に努めよう。といいながらも、〝無為〟の心地よさも計り知れないものがある。むずかしいなあ、人生は。いまになっても、まだ迷っているよ。迷いを愉しむのが良いのだろうけれど、まだその境地には達していない。還暦過ぎても若造か?